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木戸啓二郎 みそかごと通信:12月31日の巻

〈死語の復活〉


拙作「ダジャレでJOY作ってからもう20年近く経つんだなあ。死語も出てくるわけだ。「ビニール本」は当時すでに死語だったのを採用したんだけど、「パンティー」「コギャル」が死語になってしまうとは!でもまだ復活する可能性はある。

「ハイボール」はいつからかは知らないが昔からあった言葉だ。だが、80年代から90年代頃だったか、ほとんど使われなかった時期がある。飲み屋に行ってハイボールと言っても通じなかった。当時は「ソーダ割り」だった。そうだ。そうだ。

それがどうだろう。ハイボールという言い方が復活して、現在では主流にまでのしあがっている。こういう例もあるので、「パンティー」や「コギャル」がまた主流になる時代が来るかもしれない。まあ、それはどうでもいいけど、言葉って面白い!

 

<12月31日の巻のtext>

復活の呪文を解読してしまい木乃伊が蘇ってしまう・・・戦前ホラーの間違いなく名場面のひとつに数えられるであろう(村山的)1932年公開のミイラ再生(原題the mummy)の冒頭。

怖いですねぇ、死後の復活を願い死者を木乃伊にする風習は世界各地で見られる。

死後の復活は無い事は科学的に証明されていると思うが死語の復活は時と場所を選ばずある日突然に起こりうる現象だと思う。

時代に埋もれていく言葉たちを墓場から掘り起こしてそっと日の当たる場所に置いてみるというのもなかなかに乙なもんだと思う。歌は世につれ世は歌につれ、というけど歌だけでなく言葉やファッションだって同じだろう。

最近は80年代に流行ったようなオーバーシルエットの服が幅を利かせているが個人的にはどうもいただけない。

ついつい取り留めもなく書きすぎてしまったようだ。

2019年はどんな年だったですか?

2020年がそれぞれの皆さんにとって素敵な年でありますように。

 

 

                           ~looseむらやま~

 

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:11月30日の巻

 

〈そのけ〉

まだエロ心ついてない頃(二歳か三歳)、隣のおネエさん(一つ歳上)にスカートを借りて履いてみた記憶がある。(誤解を招くといけないので年齢を記した。)女装趣味の幕開けというよりも、憧れだったと思う。他にも、美容院で眉毛を調えてウットリしたとか。多かれ少なかれ、誰しもそういう傾向はあるのではないか。つまり、男の中の女、あるいは、女の中の男、両性具有モナリザ的な?
で、こないだ村山さんに小花柄シャツ誉められたので、他の色も探してみたんだけど、メンズって、レディースと比べて、めんずめんず、選択肢が少ない。残念。

 

<11月30日の巻のtext>

僕もまだエロ心が付く前か後か、幼少期のころに漫画の中の女子キャラに憧れたなぁ。

スカートは履かなかったけどね。今でも僕は女子系のバンドやシンガーさんが大好きだがセクシャリティ的に好きとゆうよりなんだろう、存在が好きなんだよね。惚れた晴れた的な歌詞の歌よりもっとこう内面的な感じの歌を歌うシンガーさんとかバンド女子に惹かれます。

 

女子バンドや女子シンガーさんとは関係ないがスカートを履いたりノリノリ女装の破壊力抜群なこの㎹をどうぞ。

 

                                ~looseむらやま~

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:10月31日の巻

〈ボブ・ディランの追っかけ〉

 

台風19号で被災された方々にお見舞い申し上げます。

 

来春、ボブ・ディラン来日決定。今回は前々回、三回前と同じ系列のライブハウスでの演奏とのこと。

 

三年前のボブ・ディラン来日公演でのことだが、仙台でディランの追っかけやっていると思うイタリア人の女性に逢った。「チケット譲ってください」と英語で書いてあるプラカードを胸に提げていた。日本に来てから、ずっと追っかけてるとのことだった。今回もいらっしゃるかな?

 

所で私はというと今回は見送りたい。会場があまり好きでないのと金銭的な理由からだ。その代わりにライブ音源買い込んで部屋に籠りたいと思う。

 

 

<10月31日の巻のTEXT>

同じ町内で台風19号被災地区があります。知人宅も被災。心よりお見舞い申し上げます。

 

LIVE はその名の通り生ものだからいける時には行っておきたい派ですがこの年代になるとなかなか時間的にも経済的にもその他予定的にも厳しい時が多いです。都内とかだと平日夕方のライヴなら行っておきたいところですがなかなかに地方住まいの厳しさよ。

 

ボブディランさんくらいのビッグネームですとそのキャリアも相俟ってCDや映像コンテンツをあげ始めればそれこそ枚挙に暇がない。同好の士と一緒にお酒でも飲みながらそんなコレクションを自宅で思いっきり楽しむというスタイルもありかもしれませんね。

 

                             ~looseムラヤマ~

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:9月30日の巻

〈ボッティチェッリ〉

「ボッティチェッリ」か「ボッティチェルリ」か、どっちチェッリ?ダジャレはこれくらいにしておいて、本題に入る。

 

ボブ・ディランの「マスターピース」という曲に「急いでホテルに戻らなくては、ボッティチェッリの姪とデートだから…」という件がある。ボッティチェッリの姪って?ボッティチェッリの作品、もしくは、ボッティチェッリに触発されて生まれた作品のことを指すのか。それとも、実在する魅力的な女の子のことを指すのか。どっちチェッリ?

 

ボッティチェッリの代表作に「ヴィーナスの誕生」がある。ヴィーナスの表情、肢体が色っぽい。女性のヌードを画きたいが為に、神話にかこつけて大義名分を得るという方法がその頃の常套手段だったらしい。ボッティチェッリも、そっちチェッリ?

 

誰だえ?ヌード絵画観て、ボッキチェッリしてるのは??結局、ダジャレに終始してしまった!!

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:8月31日の巻

〈汽車〉

電車のことを汽車と呼ばなくなってどれくらい経つだろう。70年代、SL記念イベントでもない限り汽車など走っていなかった。にもかかわらず、流行歌において、汽車の方が主流だった。イルカ「なごり雪」、猫「各駅停車」、中山千夏「とまらない汽車」、モップス「晴れ時々にわか雨」…。電車より汽車の方が唄にのりやすい言葉のリズムやインパクトがあると思う。それは、アメリカン・ホーボーや裸の大将・山下清さんのような放浪者の自由な旅のイメージと重なる。


 

木戸啓二郎 みそかごと通信:7月31日の巻

〈ミスター・ボージャングルズ〉

ジェリー・ジェフ・ウォーカー作でニッティー・ギルティー・ダート・バンドがヒットさせたこの曲。前々からやりたい曲ではあった。今回、訳詞をやってみた。それにあたり、いろんなカバーバージョンや訳詞を参考にさせて頂いた。

 

この曲を初めて聴いたのはボブ・ディランのバージョンだった。「ディラン」というアルバムに入っている。やはり、ディランらしいアレンジなっている。

 

訳詞でずば抜けているのは中川五郎さんだ。原曲に忠実でありながら、言葉の選び方が絶妙だ。山本リンダさんの訳もまた異なる味があって素晴らしい。

私の中で、この曲にはディランズネットワークの故石原会長のイメージがあったので、石原さんを偲びつつ訳してみた。

石原さんもダンスうまかった。

 

 

<7月31日の巻のtext>

なるほど、リンダさんのヴァージョンは(木戸君のアプローチとは違うけど)これ素敵だなぁ。

優しい気持ちにさせてくれるね。

 

                                 ~looseむらやま~

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:6月30日の巻

〈ブートレック・シリーズ〉

ブートレック(海賊版レコード)の中には安いものもあったが、ほとんどは法外な価格で売られていた。しかも、作りがいい加減で、例えば、ラベルがA 面とB面が逆だったり、ジャケットの表と裏と中身と違っていたり、そんなのはざらだった。それがブートレックである。

 

世界初のブートレックはボブ・ディランの「ベースメントテープス」であるとされている。ところがそんなブートレックを正規盤として出しちゃえという画期的な企画があった。それが後に発売された「ベースメントテープス」であり、90年代に発売され後々、シリーズ化する「ブートレックシリーズVol 1~3」である。

 

ブートレックが欲しくなるほどネタが豊富なんだな、ディランは。流石に十数枚組のデラックス盤は、被る曲が多く、値段も張るので、躊躇ってしまう。だが、ファンにとってはずせない曲が入ってるので、なんだかんだいって、購買欲は尽きない。

 

 

 

 

<6月30日の巻のtext>

今ほど音楽はじめ様々な情報を得る手段が発達していなかったころ、主に情報源は紙媒体が主だったのだが中学生の頃に夢中だったビートルズ関連の本で初めて「海賊盤」というものの存在を知ったわけなのだが何分当時の長野ではそのような物を実際手に取ってお目にかかる機会もなく。本に紹介されているレコードの写真を眺めながらどんな曲が入っているのか夢想していたのがなかなかに懐かしい。

初めて実際の海賊盤を手に取って見たのは当時の勤労福祉会館(だったと思う、いや市民会館だったか)で開催されたビートルズのフィルムコンサートというイベント会場だった。

当時の中学生には高くて手が出なかったなぁ。

その後、高校生になって得たバイト代で通販レコードショップで購入した夢にまでみたビートルズの海賊盤はレットイットビーセッション関連のレコードだった。

無造作に入っていたやたら厚くて不細工な作りのレコード盤、白無地ジャケットに貼り付けられた紙に印刷されたジャケット。

音も良くはなかったはずだが何度も何度も繰り返し繰り返し聴いた。

珍しくステレオ録音だったそのレコードはまだ実家においてあると思う。

通販の梱包袋を破き取り出したそのジャケットからレコードを引っ張り出して針を落とした時のわくわくした感じが懐かしい思い出だ。

 

 

                          ~looseむらやま~

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:5月31日の巻

〈流行り歌〉

 

流行歌ともいうけど、そういったものに全く耳を閉ざしていたので、ある年代以降の唄は殆ど知らない。最近自分より若い世代とカラオケに行く機会があったので、あらためて思い知らされた。十数年前は行きつけのカラオケスナックがあったので、他人が歌うのを聴いてある程度は知っていたのだが、最近ではスナックにさえ滅多に行かなくなったので、全くその部分が抜けてしまったようだ。て言うか、今の若者はスナックでなくて、ボックスに行くんだろうな。そのせいなのか、世代間ギャップが加速してしまったように感じるのはおいらだけじゃないと思う。だが、だからとて、敢えて若い女性が好む唄を覚えてモテようとかは思わない。…否、少しは思う。言い切れない自分が情けない。アイデンティティーがないなあ。😅

 

 

<5月31日の巻のtext>

昭和中期生まれの自分にとってカラオケとは「飲み屋さんとセットになっているもの」のイメージが強い。つまり呑んだ時のアトラクションフィーリングなのだ。だから今時の若いコ(いや、若いコ以外の人も含む)みたく素面でカラオケを歌うとゆうスタイルにはどこか抵抗がある。でもなかなかに慣れとは恐ろしいもので素面でカラオケボックスにゆくのもまぁいいんじゃないか?と思えてきたりもする。そういえば最近カラオケってやってないな。今年はカラオケボックスでカラオケLIVEJOYやろうかな。

 

カラオケがテーマの映像が無かったから自分のカラオケ十八番の楽曲を羅列してみようかと思ったがその情報誰も要らないと思うので無駄に歌のうまいperfume姐さん達のゆかいなカラオケ熱唱映像をどうぞ。

 

                                ~looseむらやま~

 

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:4月30日の巻

 〈ケイちゃんとその仲間〉

 

平成も終わってしまいますね。で、平成では一度も出来なかったこのユニットの再結成が、令和になってから、約40年振りにあるかもしれない。これは凄いですぞ。「ケイちゃんとその仲間」って誰?知る人ぞ知る、知らない人はまったく知らない。てか??乞うご期待!!

 

 

 

<4月30日の巻のtext>

昭和生まれだから昭和の終わりってなんかある種のカタルシスみたいなもんを感じたが今回の平成→令和ではあまりピンと来るものはなく。生前退位という事が悲壮感を伴わない理由なのかもしれないが必要以上に妙な浮かれムードにはいささか辟易する感じだが平成生まれの人にとっては灌漑深いものがあるのだろうか?何はともあれ変わったから始まるのではなくこれからどんな時代になってゆくのか恐いもの見たさフィーリンで令和とお付き合いをしてゆこうかな。

 

                               ~looseむらやま~

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:3月31日の巻

 〈先行ヒット〉

 

「酒と涙と男と女」と「大阪で生まれた女」、この2曲をショーケンが取り上げ、先行ヒットさせた。で、河島英五やBOROの名前を世に知らしめる手助けをした。ボブ・ディランの「風に吹かれて」を有名にしたピーター・ポール&マリーのようなパターンだ。違った良い味だしていると言うべきだろうか、オリジナルを凌駕していると言うべきだろうか。他にも「愚か者」や「ぐでんぐでん」「ラストダンスは私に」のショーケン・バージョンはずば抜けている。

 

また、一人ヒーローが逝ってしまった。日本のロックの先駆者の一人といっても過言ではないと思う。私的にはテンプターズ時代より、ソロになってからのショーケンが好きだ。歌い方を真似たのは私だけでないと思う。

 

慎んでご冥福をお祈りします。

 

 

<3月31日の巻のtext>

これはかっこいいなぁ!初めて聴いたよ。

木戸君のルーツミュージックのセンスってやっぱ好きだなぁ。

またひとつ、昭和の香りが消えてしまった。

平成が終わらんとしており今、妙に象徴的な出来事だ。

R.I.P

 

 

                                                                        ~looseむらやま~

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:2月28日の巻

 〈アコースティックシュミレーター〉

 

おもにエレキギターでアコギの音を出す為のエフェクターを言う。で、アコースティックシュミレーターとは呼ばないのであるが、最近、私はアコギでアコギの音を出す為にエフェクターを使用している。しかし、変な話である。本来、アコースティックは生音の楽器であって、音を増幅しようとするとハウリング起こしやすい。それで、ピックアップで拾うとエレキギターみたいな音になってしまう。だから、その音を元のアコギの音に戻す為にエフェクターが必要となる。例えるなら、本人より、より本人的な物真似芸人コロッケをめざす、といったところだろうか。

 

 

<2月28日の巻のtext>

自称怪奇映画(クラシックホラー)愛好家の村山が好きな吸血鬼映画の中に吸血鬼ノスフェラトゥという作品がある。オリジナルは1922年、フリードリッヒ・ウィルヘルム・ムルナウが撮った世界初の吸血鬼映画。この作品はご存知の通り吸血鬼ドラキュラをベースにした作品なのだが著作者に無断で作成されたため著作権侵害で訴えられフィルム、ネガを全て廃却しろという判決が言い渡された。しかし命令は完全に履行されず、生き残ったフィルムが存在したおかげで今日でも鑑賞することができる(一説にはたった1本だけオリジナルプリントが残されていたとの話も)。1979年にベルナー・ヘルツォークがリメイクするのだがその21年後、というか初作から数えて78年後の2000年にとんでもない珍作が発表された。

なんと22年版で吸血鬼を演じたマックス・シュレックという俳優が実は本物の吸血鬼だったという斜め上をいく解釈の映画「シャドウ・オブ・ヴァンパイア」。劇中に22年版の撮影風景も織り交ぜながらストーリーは展開してゆく・・・。

ここ数年、アコースティックシュミレーターやアンプシュミレーターなど本物ではないけど本物より本物っぽい音を出しまっせ的なギアが当たり前のように店頭に並んでる。

その様子を見るにつけなんとも本物よりリアルな本物とゆうかいやもう実はガチ本物でしたとゆうストーリーの本作を思い出してしまう。

 

                                ~looseむらやま~

 

 

木戸啓二郎 みそかごと通信:1月31日の巻

ピックギター〉

 

ハンク・ウィリアムスのスタンタード曲「ジャンバラヤ」の歌詞にあるピックギターって、フルアコとどう違うの?

 

両者とも、アーチトップギターだが、外見も違うような気がする。元々、ピックアップが付いてないほうがピックギター、付いてるほうがフルアコといえるのか。

 

んじゃ、ピックアップを付けたピックギターは?やっぱりピックギターなのか。

 

なんか、ヒヨコが先か?卵が先か?ライスカレーなのか?カレーライスなのか?

みたく、どうでもよくて、ダッチョモナイ話題になってしまった。あしからず。

 

<1月31日の巻のtext>

 

ジャンバラヤといえばカーペンターズのヴァージョンの方が先に知っていたかな。

今聴いてもかっこいいね。

ハンク・ウィリアムスのヴァージョンを聴いたのはそれよりもう少しオトナになってからだったがなかなかにグルーヴ感が素敵である。

ハンク・ウィリアムスといえば映画ブルース・ブラザーズの中でジェイクとエルウッドが突撃ライヴを行う会場があろうことかカントリー&ウエスタン酒場。ステージには金網付き。長距離トラック野郎とかの(多分)荒くれ男達が集う危険な酒場。いつも通りギミサムラヴィンをオープニングで演奏し始めた途端、客席からは案の定ブーイングの嵐、ビール瓶が飛んでくる(から金網付き)凄惨な修羅場に。おまけにオーナーの親父が一言「ハンク・ウィリアムスの歌じゃねえ!」って言ってステージ電源を落としちゃうシーンがお茶目でしたね。

その後、バンドはローハイドとスタンドバイユァマンを演奏して事なきを得るのだが、えっと何の話をしてたんだっけ、あぁそうだハンク・ウイリアムスの名前がちょろっと出ていたのを思い出したよって話をしたかったんだ!

 

                                 ~looseむらやま~